3月9日(日)カラス恒例“先進地の研修”、今回は上下町を中心として各地で活躍しておられる実態を見聞して帰りました。紙面の関係で当日のメイン上下町においてユニークで素晴らしい活動を続けている「上下町町並みづくり研究会」松井義武さんから町づくりの活動状況を聞き、実際に町並みを案内してもらった内容に絞って報告します。
1981
(昭和56)年、松井さんは定年を迎えて気がついた。寂れた町、何とかせんにゃあいけん。
商工会もがんばってイベントは考えるが、どの町も金太郎飴で同じ企画。上下町は特色を出すため、マップづくりと “白壁の似合うロマンのまち”をキャッチフレーズに取り上げることにしました。「涙ぐましい努力なんですよ」と笑う松井さん。
活動を続けるうち上下町の商工会も動き始めて助成金も出るようになり、平成6年商店街で始まった町並み整備と8年に県の補助金が出されたことでナマコ壁を塗り替えた。
物怖じすることなく前進を続ける皆さんの意気込みの極めつけは、古いスズラン灯の塗り替え。経費節減のため有志で茶色のペンキを塗り始めたが勢いづいて電柱も塗った。「ついでに郵便局のポストまで茶色にしてしもうて…後から局長さんにエラいこと叱られてしもうた。」
何をするにもやる気いっぱい、楽しさいっぱいの感じ。“ツチノコ探し”もやったが「居りもせんもので人を呼んでは申し訳ない」との声があって、「そいじゃあ山へ火(灯)をつけよう」言うて、翁山へ電飾をやってから阪神淡路大震災が発生。そこで「がんばれ神戸」と電飾のエールを送ったら神戸から礼状がとどいたとかの話は尽きず、続いて町並みの見学へ…。
明治時代後半に栄えた町並みは、町中のいたるところに残されています。復元されたナマコ壁、格子、その上逆境を逆手に取る仲間、「造酒屋を潰した社長です」と屈託のない社長、精米作業場の棚には三次,上下などの土人形が展示されており、ひたむきなまでにコレクションを大事にする人柄が伺えました。
「総合学習の中で学校でも取り上げるが、地域に根付いてない先生ばかりでむつかしい。今じゃ〜わしらが元気な間、頑張りゃあえぇ、そう思うとります。」松井さんは町並み案内をこんな言葉で結んでくれました。


39日(日)の先進地視察研修で、上下ホタル愛好会事務局長の中元 實さんが甲奴町の食事処「わらべ」で我々を待っていてくださいました。以下は中元さんのお話の概要を報告します。
「私らが小さかった頃、あれほどいっぱいおったホタルがどうしておらんようになったんじゃろう」という疑問から、ホタルが住みつくような環境づくりが必要と考えるようになりました。
活動のテーマに“ホタルが住みつくような水環境をつくる”を挙げて活動を開始した中元さん、小学校の子どもと共にホタルの住める水のきれいな町づくりについて学校の説得に当たったようです。ホタルを捕って産卵、幼虫を育成して子どもたちと放流したところ作戦は大成功。川の水質浄化とホタルの育成を一緒に活動を7年間続けて来られました。
活動すると金はついて来る。行政の補助で子どもに分かりやすい「ごみのない水のきれいな町づくり」パンフレットも作成。
現在では6万匹とも10万匹ともいわれるほど“ホタルだらけの川”が実現できたのは児童との協働が大きな成果を生み、学校での活動の発表会を見てビックリするやら感動するやらで、子どもたちからパワーを貰ったと喜んでおられました。こんな活動が可部でも展開するといいな。
決して生半可な活動ではないと思われます,チリも積もれば…ですよね。

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